-------------------------------------------------- 『ARTERY&VEIN……&AHEAD』 ◆製作者:小林漠 ◆本編用量:10,3KB -------------------------------------------------- //事務所、会議スペース 【社長】 「貴方たち、デュオユニットを組んでもらうことになったから」 それが本日の会議の第一声だった。 正直、意味がわからない。 だから…… 【ひかる】 「は?」 私の反応は正常だ。 そして―― 私と同じ反応をするやつが…… 【静】 「へ?」 そう、静の反応は正しい。 けれど、社長は気にすることなく、どんどん話を進めていく。 【社長】 「一ヶ月後の『ミュージックステージ』通称MSで、ユニット結成発表――」 【社長】 「それで、デビュー曲とダンスを初披露するわけ」 歌とダンス、を……? 一ヶ月後に……? またまた御冗談を。 【社長】 「ユニット名は『AHEAD(アヘッド)』よ!」 【社長】 「じゃ、資料は渡しとくから、今日の会議はこれにて終了ね、解散」 そう言って社長は、A4紙の資料を渡してきた。 乱雑にクリップで止めてあるそれには―― //名前読み(はやみずひかる)(おちかたしずか) “『早水ひかる×彼方静』駆け出し新人アイドルによる新ユニット『AHEAD』結成!” と、書かれている。 後ページには企画意図やら、新譜などが束ねてあった。 ……どうやら冗談ではないようだ。 これからが冗談ではないということは、つまり…… 私と、静が……デュオユニット!? 【ひかる】 「ちょ、ちょっと社長!」 【社長】 「何、ひかる?」 何、じゃない! 言いたいことはたくさんあるが、一番言いたいことはもちろん“アレ”だ! ちゃんと、しっかり、言わなければ……! この思い――考えを社長にきちんと提示しなければ! 【静】 「どうして私がヒカルさんとユニットなんか組まなきゃいけないんですか!?」 【静】 「どうしてこんな落ち着きのない人と!?」 先に言われてしまった。 【ひかる】 「どうして静とユニットなんか組まなきゃいけないんですか!?」 【ひかる】 「どうしてこんな、鈍間(のろま)なやつと!?」 【静】 「ちょっと、ヒカルさんマネしないでもらえません!?」 【ひかる】 「はあ!?」 こうして私たちはAHEADを結成され、 一ヶ月後のMSのために、活動を始めた…… もちろん、前途多難だ。  ** ** //レッスン場 【ひかる】 「だから、静はワンテンポ遅いんだってば! どうしてそんなにトロいわけ!?」 【静】 「何言ってんですか! ヒカルさんがスリーテンポ速いんですよ! どうしてそんなに急いでるんですか!」 【静】 「もっと落ち着いてゆっくりやってくださいよ!」 【ひかる】 「控え目にワンテンポって言ってやったのに、私の場合はスリーテンポ言ったな!?」 【静】 「事実ですから!」 //演出指定 //カレンダーの表示、進んでいくカレンダー //MS本番一週間前くらいで止まる 【ひかる】 「だーかーらー! 静は鈍いんだってば! ワンハンドレッドテンポくらい遅れてるね、マジで!」 【静】 「なーに言ってんですか! ヒカルさんはステップが速すぎて、両手両足が同時に出てるレベルですよ!」 【ひかる】 「そんなことなってないっつーの!」 【静】 「思い出したら急に笑いが……く、くふふ」 【ひかる】 「ぐぬぬ……」 【ひかる】 「つ、つーか、そんなこと言ったら、静なんて、ステップ遅すぎて止まって見えるっつーの!」 【静】 「ぐぬぬ……」 MS本番まで、あと一週間くらいになったけど…… 現状はこんな感じである。 三週間経過し、まったく進歩がない私たち。 いや、まったく、というわけではない。 歌もダンスも一通り出来てはいるが、いかんせんクオリティが低すぎて…… ――このままじゃあ、MSなんて、無理かも……。 そう、考えてしまう状況であった。 【ひかる】 「というか、静、本当にやる気あるわけ!?」 練習を通して、身に付いていくのは―― 静との溝だけだ。 【静】 「その言葉、そっくりそのまま返しますっ!」 わかっている。 静はやる気があるということくらい。 もちろん私もあるが。 でも……口から出るのは溝を作る言葉だけだった。 ……焦り? 【ひかる】 「ふんっ、今日の練習はもう終わり!」 【静】 「そうですねっ! もう終わりにしましょう!」 【ひかる】 「やめやめ! こんなことしてたって意味ないし!」 【静】 「その意見だけは、ヒカルさんに同意です!」 私は荷物を掴んで、勢いよくレッスン場を飛び出す。 静とは視線を合わせることすらせずに。 …………。 ……。 //更衣室 【ひかる】 「…………」 クールダウン――冷静になる時間が必要じゃない? 静に言いたい言葉は、それだった。 けれど、出てくる言葉は汚い言葉で、静を傷つけるような言葉だった。 もちろん、言った私も、傷を負う。 【ひかる】 「ほんと、ダメだな、私」 いや、私たち……、か? けれど、それでも体は言うことを利かない。 三週間溜めたものが爆発してしまったのか、思考だけでは冷静になることが出来ない。 私は急いで着替え、更衣室を飛び出す。 //廊下 【ひかる】 「あ……」 【静】 「…………」 タオルで汗を拭きながら、更衣室へ歩いてきている静に出会った。 同じ場所で同じ練習をしていたのだから、当然のエンカウントだが…… 【ひかる】 「ふんっ」 【静】 「ふんっ」 鼻息だけを挨拶とし、私たちは別れた。  ** //静視点 //更衣室 【静】 「はぁ……」 またやってしまった。 【静】 「こんなこと、やってる場合じゃないのに……」 本当はこんな小さなことで喧嘩なんてしたくないのに。 こんなことやってる、場合じゃないのに。 ……何やってるんだろ、私。 【静】 「…………」 ヒカルさんは帰っちゃったけど、私はどうしよう……。 もう少し練習していこうかな? 【静】 「ううん、やっぱり私も帰ろ……」 今日はもうダメだ。 ヒカルさんとは今まで衝突することは多々あったが、今回は特に大きい、はずだ。 ……練習を撤収することなんて、今までなかったし。 こんなんで、本当にMS大丈夫かなあ…… そんな気持ちが私の中を縦横無尽に駆け巡り、こめかみを痛くした。 【静】 「とりあえず着替えよ――」 ………… …… 【静】 「あ……」 着替えの最中、私が鞄から掴んだものは―― 青色の腕時計だった。  ** //ひかる視点 //帰路 さて、これからどうしたものか。 そんなことばかりが、私の頭の中を支配する。 やっぱり戻って練習をすべきか、それとも…… 私は携帯をぎゅっと握りしめた。 【ひかる】 「謝っとくべき、だよね……」 でも。 でも…… 【ひかる】 「む、無理っ!」 今更メールで謝るなんて絶対無理! 【ひかる】 「とりあえず今日はもう帰ろ……」 私は携帯を鞄の奥にしまいこみ、歩きだす。 外はまだ明るくて、夕方と呼ぶには早い時間帯のように感じる。 いつもなら、暗くなるまでたくさん練習をして、くたくたになって帰るはずなのに…… 【ひかる】 「今、何時だろ」 私は何気ない動作で、腕時計を見た。 【ひかる】 「…………」 ――赤い腕時計。 私たち――静と私がデビューしたての頃に、一緒に買いにいった腕時計。 静が、私に似合う、と選んでくれた腕時計。 私が赤色で、静が青色で。 おそろいの、大切なもの。 【ひかる】 「静……」 あの頃の私たちは…… 今の私たちは…… 変わった、だろうか? 【ひかる】 「それとも――」 変わらない? 【ひかる】 「…………」 【ひかる】 「とりあえず、戻らなくちゃ」 それが私なりの答えだった。 こんなことしてる場合じゃない。 私には――私たちにはやらなきゃいけないことが、 どうしても、やらなきゃいけないことが、あるじゃないか。 だから。 だから、私はレッスン場へ向けて、走り出した。 【ひかる】 「……!」 移り変わる日々の変化の中、私たちのたった一つ変わらないもの―― それは…… 夢だ。 そして。 志、だ。  ** //レッスン場、入口前 私がレッスン場へ到着すると同時に、内側から自動ドアが開いた。 【静】 「ヒカル、さん……」 どうやら、静は今から帰るところらしかった。 シャワーも浴びたのか、ほのかにシャンプーの香りが私の鼻をかすめる。 【ひかる】 「ハァ……ハァ、しず……ハァ……か……」 膝に手をついて、私は息を整える。 頬を伝う汗が、地面へと吸い込まれていく。 【静】 「…………」 【ひかる】 「…………」 勢いで戻ってきてしまったが、正直気まずい。 まず、何から切り出したもんか…… 【静、ひかる】 「あ、あの……!」 とまあ、何故か息もぴったりなわけで。 本当にどうしたものか。 ……考えたってダメだ。 素直に――直球て勝負しなくちゃ。 遠回りじゃない、自分の気持ちをぶつけなきゃ。 【ひかる】 「練習、しよっか?」 【静】 「うんっ」 静もわかっている。 いま私たちがしなくちゃいけないこと。 静の細い腕に巻かれている、青い腕時計から、私はそう感じ取ったのだった。  ** 歌とダンスを一通り通したあと、休憩を兼ねた意見交換を始めた。 【ひかる】 「やっぱり、あそこの静のステップはワンテンポ遅れてる気がするから……」 【ひかる】 「あ、でも、ここはテンポを遅らせたほうのが、次の動作に入りやすいのかも」 今までは意見を押し付け合いだった。 自分のことしか考えていなくて、 相手のことを考えていなかった。 私たちは一人じゃないのだ。 今の私たちはユニットで―― AHEADなのだ。 【静】 「それだったら……次のステップの動作への入りを早くしたほうがよくないですか?」 【静】 「いつもヒカルさんがやっているみたいに……」 【静】 「そしたらきっと、緩急がついて、もっとリズミカルになりますよね?」 何がダメで、どうしたらいいのか。 それらを指摘し合い、 二人で直していく。 二人で作り上げていく。 ――夢への、道を。 二人の志が、作り上げていく。 【静】 「じゃあ、その辺を気をつけてもう一度通してみましょうっ!」 【ひかる】 「あ、待って」 波に乗ってきたのか、いつもより興奮気味の静を止めて、私は自分の鞄を漁る。 そこには、デビュー当時――志を強く持っていた時を思いださてくれたものがある。 【ひかる】 「これ」 静が選んでくれた赤い時計を、私は差し出す。 【静】 「?」 【ひかる】 「MSが終わるまで、静が持ってて」 【ひかる】 「またすぐに、大切なこととか忘れて、見失っちゃうだろうからさ……」 【ひかる】 「だから、静の時計は、私に貸して」 落着きがなく、焦りすぎと注意さることが多い私。 何事にもゆっくりで、鈍間だと、注意されてしまう静。 そんな私たちが…… お互いの弱点を忘れず、二人で補っていくために…… 【ひかる】 「時計、交換しよ?」 【静】 「うんっ……!」 静の取り出した青い腕時計。 私の握りしめる赤い腕時計。 それらが私たちの手の中を行き来して―― 【ひかる】 「AHEAD、再発進!」 【静】 「おー!」 大切なことを忘れないために、 お互いの腕時計をを握りしめた。  ** ** //MSステージ上 観客の歓声が、私たちを包みこんでいる。 動、だ。 【ひかる】 「…………」 それとは正反対であるかのように、スポットライトとカメラが私たちを捉え、放さない。 静(せい)、だ。 【静】 「…………」 動と静が交わる中―― 【ひかる】 「…………」 【静】 「…………」 私たちはアイコンタクトで、頷いた。 この日のために用意された新しい衣装が、かすかに揺れる。 そして。 歓声の動が、静へと変わる。 会場の全てが、静へと変わったのを合図とし―― 私たちが―― AHEADが、動へと変わる。 //曲が流れる 歌いながら、いくつか思うことがある。 社長が、あえて私たち二人を組ませたのは、性質が正反対だからなのだ、と。 そんな凸凹のバランスから、デュオユニットを結成したのだ、と。 たしかに、私は――私たちは、そう思っていた。 でも、それは違う。 今の私たちなら――ここで歌っている私たちなら、それは違うということが、ちゃんと理解出来る。 本当に社長が伝えたかったことは…… AHEADは、回り道でも、息抜きでも、近道でもない、ということだ。 AHEADとして通ってきた――通っていくこの道は、決して無駄ではない、と。 この道は絶対に、夢へと繋がっている。 そう伝えたかったのだろう。 今の私なら、そう、思える。 END